サバイバル(1976 さいとうたかを)

「終末後の世界」系ではもっとも有名と言っても過言ではない漫画。

突如起こった大地震や洪水などの天変地異。一人だけ生き残ったサトルは、試行錯誤しながら一人で生き抜く術を編み出し、毎日必死で生きていく。

食べ物で苦労し、住む場所で苦戦して、やっと見つかった人間との関係もうまくいかず、トライアンドエラーの連続を味わいながらも、徐々にたくましく成長していき、両親と姉と再会するための長い旅に出るのであった・・・

アウトドアやサバイバル系の動画や記事の中でよくこの「サバイバル」に出ていたやり方、というのが紹介される。それくらい有名でよく読まれているということなのだろう。
だいたいこの系統の話は主人公がサバイバル技術をあらかじめ習得・熟達していて、まるで読者にマウントを取るがのごとく「ドヤァ!」とその技術をご開陳していくパターンが多くて辟易していたのだが、サトルは最初はただの現代の少年であり、何もできない中で、多くの失敗を重ねながら自然を相手に学んでいくところが共感を持てる。
ただ、こんなに失敗を繰り返してたら、この逆境の中ではすぐに死ぬよね?という疑問も当然ながら湧いてしまう。特に飲食物で下手をこいて体調が悪化する、という話の時は、普通ならこれで死ぬよなぁと思いながら読んでしまった。
もちろん主人公補正で死なないわけだが、こういうところはもう少し説得力を持たせた展開にしてほしかったかも。

あと、出てくる他の人間たちは、悪い奴らがあまりに多すぎる。もちろんこんな文明が大破壊されたあとに生き残った人たちなんて、「北斗の拳」や「マッドマックス」のような、「ヒャッハー!」と叫んでモヒカンで鉄鋲を打った革衣服を着ているのが自然なのかもしれないが、特に日本人だったらもう少し相互協力して生き残っていても良さそう、というのは甘ちゃんすぎるか。
この「サバイバル」の後半はまさにそういった悪人どもに対して、サトルがあくまでも性善説を前提にお近づきになって痛い目に会い、次は負けないぞ!的な仕返しをしたり逃亡をしたりする、ということの繰り返しなので、いわゆる「サバイバル技術」的なことはほとんど出てこないまま終わる。

あくまでも前半のサバイバル体験をめでるのが気軽な楽しみ方なのだろうけど、後半の抜け目なく悪人として生き残っている人たちと、それと対峙するいい人代表のサトルの駆け引きも、ほろ苦くも現実味があってよかった。