燃えよデブゴン(1978)

年始のNHK-BS1がよくやっている、映画をいっぱい放映している枠で観た。
プライムビデオには有料でも掲載されてないのね・・・

田舎で豚の世話をしていた小太りのウォンは、叔父が香港で屋台飯屋を経営しており、人手を求めていることから父に命じられ、香港へ旅立ち、叔父の店で働き始めた。
店には日常的に料金を踏み倒すチンピラが来ており、なすがままの状態だったが、ウォンはブルース・リーに憧れ、日々鍛錬を行っていたおかげで武術の達人となっており、彼らを難なく撃退した。
しかし、おかげで報復に会い、叔父は意気消沈し休業を余儀なくされる。
職を失ったウォンは、レストランで知り合ったメイ・チェンを頼り、彼女がウェイトレスをしている高級レストランの皿洗いとして働き始めるが、ここでも乱暴者を退治して用心棒となる。
このレストランで億万長者のドクター・バーが主催するパーティーが行われたが、メイ・チェンはドクター・バーが手痛い失恋をした幼馴染に似ており、バーは彼女に嫌がらせを行い、手下に銘じて誘拐させてしまう。
彼女の救出に向かったウォンは、バーの手下である屈強な男3人と死闘を演じ、彼らに打ち勝ったのであった。

40年ぶりくらいに観たのだが、第一印象としては「デブゴンってハンサムじゃないか!」であった。
若かりし頃のサモハン・キン・ポーって十分イケメンの範疇に入ると思う。
そして、ちょっと顔が丸くてポッチャリしているだけで、そんなに太ってない。
原題が「肥龍過江」というのは初めて知ったが、「肥える」の字がちゃんと入っていて笑った。
しかし、やっぱり声がなぁ。字幕だったのだが、我々の世代はサモハンと言えば水島裕なので、あの声じゃないと逆に違和感が強い。
まあでもそこは仕方がないか。
サモハンは顔真似というか、「ブルース・リーに憧れている人が憧れすぎてよくやる顔真似」がすごくうまい。
この人ブルース・リー好きなんだなぁと思わせる演技が非常によく、好感が持てる。
こんなにいっぱいアクションをちりばめていたのかと改めて感心するほど、最初から最後までアクションが詰まっていた。
おかげでストーリーはあってなきが如しだが、まあアクションが観られればそれでよし。
あと、若いころのユン・ピョウがやられ役で出ているのも当時から話題になっていたが、今見てもちょっとワクワクした。

しかし、この後「燃えよデブゴン」は10作以上続くんだなぁ・・・
いくつかは観たことがあるが、コンプリートするほどの情熱はないなぁ。

 

仮面ライダーギーツ×リバイス movieバトルロワイヤル(2022)

もちろん子供が見る前提のコンテンツであり映画なので、普段は劇場版仮面ライダーは観に行かないのだが、今回ばかりはどうしても観たくて、娘をダシに使い映画館へ足を運んだ。

映画は前半が仮面ライダーバイスのパート。
全ての戦いが終わり、温泉旅行に出かけた五十嵐一家。
赤ん坊がいる。いつのまにか4人目の子供が生まれていた。マジか!
今回はその子が身に宿す悪魔がストーリーの主軸となって話が進んでいく。
そして中盤にギーツパート。メインキャラライダーが協力して、捕らえられたミニ悪魔を輸送出来たらゲームクリアという条件。
輸送したいギーツ側の仮面ライダーと、悪魔を切り離されると弱ってしまう4人目の赤ちゃん兄弟のために奮闘する五十嵐家ライダーたち。それぞれの利害が相反して戦いとなるが・・・

この映画を見に行ったのはギーツでもリバイスでもなく、20周年を迎える「仮面ライダー龍騎」から、仮面ライダー龍騎、ナイト、王蛇、リュウガおよび中の人が出演するから。
もちろん中の人はあれから20年の歳月分、齢を取っており、全員オッサンもいいところなのだが、観ているこちら側のおっさんも号泣モノである。あ~かっちょええ!
Youtubeで映画の番宣として彼ら懐かしのメンバーのトークがいっぱいアップされており、もちろん当時好きだったおっさんを狩り集めるためのおっさんホイホイなのだが、それに見事にはまってしまった。
でも現在の優れた映像技術で龍騎を観られたので、それだけですべて許せる。
しかし変身や必殺技のエフェクトが今のライダーと比べると地味で控えめ。それがまたよいところもあるのだが、今のライダーは今のライダーで大迫力であり、やはり現在まで連綿と続いてきた仮面ライダーの進化はすごいと改めて思った。
テレビて観ていても「このすごい特撮を毎週観られるっておかしいだろ」と思うくらいよくできているが、劇場版になるとそれが2倍くらいすごい。
そしてリバイスもギーツも、メインキャラが一列に並んで一斉に「変身!」というのが胸アツ。劇場版はこういうサービスカットが多いのでありがたい。

俳優さんや制作側の事情もあるとは思うが、また平成第一期のライダーを客演で出してもらえると嬉しいなぁ。

kamenrider-winter.com

シティーハンター THE MOVIE 史上最香のミッション(2019)

だいぶ前からアマプラで無料になっているのを見ており、なんとなく観た。
たまたま選んだのが字幕版だったのだが、吹替版も無料であることを見た後に知った。山寺宏一版もちょっと見たかったが、字幕は字幕でなかなかよかった。

裏稼業「シティハンター」でその筋では知られるスイーパー(掃除屋)、ニッキー・ラーソン(吹替版では原作通り「冴羽瞭」。
嗅いだ者を嗅がせた者の虜にしてしまう「キューピッドの香水」を警護する仕事の依頼を受けた瞭。しかし、開始早々何者かに香水を奪われてしまう。
そして強奪された際、カバンがすり替わり、平凡なサラリーマンの男性が香水の入ったカバンを持って行ってしまった。
彼の行方を追いつつ、香水を狙うマフィアとの攻防が繰り広げられる・・・

フランスでは「ニッキー・ラーソン」の方が通りがいいのだろう。分かりにくい日本の固有名詞は置き換えられる一例か。古くは鉄腕アトムが「アストロボーイ」だったり、超時空要塞マクロスが「ロボテック」だったり。
とにかく監督の原作愛がすごい。原作に忠実であるのと同時に、さらに盛り込んでやろうというサービス精神が旺盛。たまに行き過ぎてシティハンターとは関係のない「聖闘士星矢」や「らんま1/2」などがちょいちょい出てくる。効果音も聞きなじみのあるのがちょこちょこ入ってきてニヤッとしてしまう。
ちゃんと香がハンマーを振り回すし、後ろにカラスも飛んでたりするのも芸が細かい。
ストーリーも原作をなぞりながらも、実写化に即したアレンジが加えられており、丁寧な仕事ぶりに好感が持てる。
それにしても登場人物が原作に似すぎで笑ってしまう。作りこみがすごい。
原作に似た人を引っ張ってきたのではなく、メイクや小道具で寄せていっている努力が感じられ、これまた好印象。
主演・監督・脚本のフィリップ・ラショーは、顔立ちはそれほど瞭な感じではないのだが、雰囲気で似ている。wikiの知識しかないが、本作に向けて8か月に及ぶトレーニングで筋肉を大幅増量したとのことで、瞭のシルエットに似ているのもうなずける。
そもそもがラショーが原作好きで、原作の北条司に映画化を直談判で勝ち取ったとのことなので、愛があふれているわけだ。
しかし、香役のエロディ・フォンタンがまた絶妙だな~。そんなに美人ではないけどもすらっとしていて、細身ながらスタイルが抜群に良いといういいところを突いている。
もともとラショーとコメディーグループを結成しているとのことで、その点で抜擢されたのではないかもしれないが、本作をぐっと原作に近づけている一因。

フランス流のお色気やブラックユーモアはやっぱり独特な感じがする。日本より大人な感じがしてよかった。

 

シン・ウルトラマン(2022)

言わずと知れた庵野秀明監督作品。アマプラで観た。ネタバレ注意。

なぜか日本にしか現れない未知の生物「禍威獣」(かいじゅう)。通常の戦争兵器は彼らには聞かず、対応に苦慮した日本政府は、それぞれの道の専門家たちを集め、禍特対(カトクタイ)を設立。禍威獣への対策に追われていた。
その中で突如あらわれた銀色の巨人。正体不明の巨人は禍威獣を倒し、飛び去って行った。
新たに禍特対に配属された浅見は、銀色の巨人対策をメインに、禍特対のメンバーである神永とバディを組むことになった。しかし、神永は意味不明な質問を繰り返した後、禍特対メンバーの前から姿を消した。
その頃、外星人であるザラブ星人が日本政府と接触し、日本に限りなく不平等な条約を締結する。そしてニセウルトラマンを用い、ウルトラマンの立場を危うくしようと画策する。
そしてウルトラマンの変身体であることが世の中にバレてしまった神永は姿をくらます。
その後、別の外星人であるメフィラスが登場、浅見を巨大化させ、またしても日本政府と交渉し、ウルトラマンにも手を出すなと警告に来る・・・

正直、ウルトラマンはオンタイムでは見ていないのと、そこまで入れ込んでもいなかったので、本作にまつわる元ネタがあまりわからないまま見た。
ウルトラQへのオマージュや、当時の子供向け雑誌に出ていた嘘情報「ゾーフィ(元はゾフィー)が現れ、ゼットンを地球にけしかける」をそのまま盛り込んだりとか、コアなオタクの抜かりないインサートが随所にみられるようで、それを知っていたら面白さももっと強かったのかもしれない。
しかし、個人的にはとにもかくにも、最初に出てきたウルトラマンがあまりにもリトルグレイっぽすぎてひたすら気持ち悪い。もうほんとにグレイ大嫌いなので、やめてくれ~!と叫びたくなる。
当時、矢追純一のUFOスペシャル的なテレビ番組が人気を博しており、その影響を受けまくってしまい、お化けも幽霊も全く怖くないのに、宇宙人だけは、その中でもグレイ系は本能から恐怖を覚える。UFOに連れていかれてグレイがワラワラと群がってきて、体の中に何かをインプラントされる的なことを想像するだけで気がふれそうな気分である。
もちろんそういうのを敢えて想起させる目的があのデザインにあったのかもしれないが・・・。
その後、人の意思が入り込むことを表すかのように、血管的に赤のデザインが入って従来のウルトラマンらしい見かけになった時はホッとした。
アクションはCGだが、違和感なく作りこまれていて、大変な迫力。
当時は着ぐるみしか選択肢がなかったわけだが、敢えてその懐古趣味に浸らずに妥協しない姿勢が感じられてとてもよかった。

従来はあまり触れられなかったベータカプセルが技術力の象徴としてストーリーに取り上げられていたのも印象的。ちょっと「正解するカド」っぽかったけど。

また、ウルトラマンの意識と、変身体となる人間の意識の交流については、元の方ではかなりあいまいに都合よく描かれていたが、本作では人間・神永の意識はほぼなく、ウルトラマンオンリーで(記憶は神永のものを使えるらしいが)行動している。そのパターンもあるとは思うが、二つの意識が顕在で、相互に協力してほしかった。もちろんその方がダサいのはわかっているけれども。

あと、メフィラスは相当知的で策謀家として描かれているのに、最後いろいろうまくいかないと、結局は巨大化してウルトラマンと肉弾戦になるのね。まあ元作がそうだから仕方がないけど、知性が感じられない解決法だなぁ。もうちょっとスマートに撤退する方法があったと思うが、みんなもちろんアクションが見たくてウルトラマンを観ているので、そこはもう予定調和ということで。

それにしても日本政府は本当にだらしなく描かれている。もちろん実在の政府に対する当てこすりであり、現実の日本外交を皮肉っているわけで、だいたいこんなもんだよなぁという諦めの念が湧いてしまう。
最後は日本もちょっと頑張っていたけど。現実でもそうあってほしいものだ。

 

劇場版「SHIROBAKO」(2020年)

オリジナルテレビアニメの劇場版。

アニメ制作会社「武蔵野コーポレーション」は、えくそだすっ!』『第三少女飛行隊』等の元請制作をこなし勢いづいていたが、オリジナルSF作品『タイム・ヒポポタマス』がメーカー側からの物言いにより制作中止になり、試練の時を迎えていた。
古株の制作として社に残っていた宮森あおいは、二代目社長・渡辺からオリジナル劇場アニメの制作を提示される。『空中強襲揚陸艦SIVA』というタイトル、10か月後の公開だけが決まっていたその作品は、以前からのなじみであるエスタン・エンタテイメント:葛城プロデューサーが持ち込んだ曰く付きの企画であった。
無理難題に近い条件にひるむあおいだったが、同僚たちに励まされ、プロデューサーになることを決意する。
前作以来くすぶっていた木下監督をはじめ、以前懇意にしていたメンバーに協力を仰ぎ、スタッフが揃っていく武蔵野アニメーション。そしてあおいの高校時代の仲間たちもプロとして試行錯誤し苦しみながら、「SIVA」にそれぞれの立場でかかわっていくのだった・・・

ストーリーがだいぶ駆け足なのに、途中に挟まるミュージカル調のシーンが入る。これ必要だったのかな?まあ心象風景の描写という意味ではわからなくもないが・・・

あおいたち仲良し5人が、社会人としてアニメにかかわりながら数年の修行を経て、それぞれの立場でプロフェッショナルとして経験を積んでいる様子が垣間見えてほっこりする。もちろんまだ若手なのでだいぶ迷ったり苦しんだりしているが、それがまたよい。
努力すれば報われる世界ではなく、偶然や運でも左右される厳しい世界だが、この作品の中では苦労が身になってよかった。
最後、「やっぱりラストシーンを作り直しましょう」のくだりはきっとあるあるなんだろうなぁ。ものすごく大変そうで頭が下がる。
これを見るたびに、アニメを見る時は居住まいを正さないとなぁと改めて思う。

 

 

仮面ライダーBLACK SUN(2022)

AMAZONオリジナルドラマ。全10話。ネタバレ注意。

時は2022年。この世界では半世紀前に怪人-KAIJIN-が誕生し、人間と共存しつつも、摩擦や軋轢が絶えず、緊張が緩和しきれずにいた。街中では怪人排斥を叫ぶデモが行われ、国連では少女が怪人の差別撤廃を訴えていた。
怪人は通常は人間と変わらない姿をしているが、力を開放したり興奮したりすると怪人の姿に変化し、パワーが増加したり、変身後の怪人の特性によって空が飛べたり、殺傷能力が高くなったりする。
また、怪人には下級怪人や上級怪人、神官クラスなどの階層が存在しており、神官たちは日本政府の中枢に食い込み、人間と怪人、お互いの利益のために相手を利用しているのであった。
一方、街の片隅で生きながらえ、はした金で汚い仕事を請け負っている、うつろな目をした中年男性・南光太郎は、人権活動家・和泉葵を殺そうとしてふと手を止める。彼女の胸に光るペンダントはまぎれもなくキングストーン-創世王を生み出すための2つのキングストーンのうちのひとつであった。
ここに、創世王と二つのキングストーンをめぐる、怪人と人間たちの過去50年の歴史とその終幕が明らかになる・・・

10話あるだけあって話が非常に複雑で入り組んでおり、50年前の学園紛争で60年安保さながらに怪人の人権を訴えたグループ「五流護六(ゴルゴム)」のメンバーたちと、のちの総理となる、当時の総理の孫の堂波真一の因縁と、現代の彼らが織り成す裏切りと戦いが交錯しまくっている。
三神官は当時の総理大臣と手を握る。
ビルケニアはそれを良しとせず幽閉されていたが、のちに現総理大臣:堂波真一の懐刀となる。
信彦-シャドームーン-は50年間幽閉されたあと、のちにゴルゴムを乗っ取り、怪人優位社会を目指す。
光太郎-ブラックサン-は創世王を殺し、これ以上怪人が生み出されない世界を目指す。
それぞれの思いがあまりにも違い過ぎて争い必至。もうちょっと話し合いはできなかったのかと思うが、50年の間に語られなかったアレコレがきっと山ほどあったはずなので、もう戦うことでしか語り合えない状態に陥ってしまったのだろう。

本作は1980年代に放映された「仮面ライダーBLACK」のリメイクとなるが、視聴者層は当時これを観ていたオッサンたちに100%照準を合わせており、レーティングが18+なのでお子様は見られない。
そのため、ストーリーは骨太かつ大人向けな重厚な内容となっているものの、固有名詞やストーリーの一部などは旧作をこれでもかと言わんばかりになぞっていて、旧作好きにはたまらない内容になっている。
というより作り手側の旧作への愛が深すぎて眩暈がしそうなほど。
その集大成が第10話のオープニングであろう。旧作のOPと同じ画質とカット、主題歌はまさかの倉田てつを版をそのまま使用という大胆さ。ここで涙ぐまなかったオッサンは皆無と思われる。

そして個人的にはビルケニア。旧作ではあまりにも狂暴なので強制睡眠させられていたのを、神官たちが仮面ライダーBLACKになかなか勝てず呼び覚ましたものの、やはりなかなかいうことを聞かずに勝手なことをしでかしながらも「剣聖」の名に恥じない名勝負を繰り広げたのだが、なぜか顔だけおっさんのままでしかも白塗りという、当時としてもちょっと「プッ」と笑ってしまうような造形だった。
本作ではさすがに白塗りはまずいと思ったようだが、それでも三浦貴大の顔が着ぐるみから覗いているので他の怪人との差がありすぎて二度見してしまう。
それでも、本作のビルケニアは、普段からサタンソードを携え、敵をばっさばっさと切り捨てまくったり、●(自主的に伏字)を怪人化してしまうなど、苛烈で容赦がなく残酷だが、一本筋が通っていてとても印象的。三浦貴大の演技がハマっていてかっこよかった。
また、そこまではとても覚えていなかったのだが、クジラ怪人=濱田岳がブラックサンを助けるエピソード。だいぶ旧作に忠実にしたおかげで、瀕死のブラックサンをなぜか海中引き回しの刑に処したり、雑菌まみれっぽい貝汁をダバダバかけまわしたりするのはどうかと思ったが、これもオマージュの一環ということで。
対照的に本作オリジナル設定で、ストーリーの根幹に絡む重要な役として、人権活動家の少女・和泉葵が登場する。
彼女のおかげで過去と現在に一本くさびが入り、ストーリーが分断されずにつながっていくのはよくできていると思った。
そして彼女の怪人形態がとにかく強い。これならライダー形態も作ってあげればいいのになぁと思ったが、そうするとブラックサンとシャドームーンの戦いに水を差すことになるので致し方なしか。
三神官は旧作ではあまり細かく人格描写されてこなかったのだが、本作はそこもしっかりフォローされている。特にビシュム=吉田羊はいい味を出していた。

これまでシャドームーンは仮面ライダー扱いはされてこなかった(敵の怪人の親玉的な扱い)が、本作で晴れてライダーとして括られることになった。まあ、旧作からの共通設定として、ブラックサンとシャドームーンはついとなる創世王候補であり、殺し合い生き残った方が次期創世王になるわけだから、片方がライダーであればもう片方もライダーでないと収まりが悪い。
予告編で観た時は、なんでブラックサンがおっさん(西島秀俊)なのにシャドームーンは若い(中村倫也)んだよと思ったが、そこはしっかりと理屈と説明があって、まあそれなら仕方がないかと。でも、戦って互角なのはなぁ。普通は若い方が強いよな。
しかしブラックサンとシャドームーンのライダー形態、そしてそれぞれのライダーベルトが失神しそうなほどカッコいい。おっさんを狙い撃つとこんなにあざといほどに刺さりまくるカッコよさになるのかと、改めてプロのお仕事のすごさに平伏する。
まあでも、大人向けCSMのベルトが4万4千円。ちょっと手が出ないが・・・ああでもどうしよう。

ラストは賛否あると思うし、正直もう少し丸く収めてほしかったと思わなくもないのだが、あの世界観ではそう簡単に平和は訪れないわけで、その中でも「自由は自分の手で勝ち取る」という光を見せたかったという意味と受け取った。
久々に感動した大作であった。

 

 

 

ドライブ・マイ・カー(2021)

仮面ライダーBLACK SUN」で感動したので西島秀俊つながりということと、アマプラでいつの間にか無料になっているのを発見したので観た。
村上春樹も文芸映画もほとんど見ていないので、物知らず発言を最初にお詫び申し上げます。

舞台俳優の家福(かふく)は、愛妻の音(おと)と仲睦まじく日々を過ごしていた。
音はセックスのあと、決まってある物語をつぶやくのだが、あとでそれを聞いても覚えていないのだった。家福はそれをメモで残しておき、あとで音に聞かせ、音はそれを脚本にすることで脚本家として成功している。
また、家福は車に乗る際、チェーホフの「ワーニャ叔父さん」のセリフを練習するため、音が相手方の方だけ吹き込んだセリフのカセットを聞き、それに返す形で自分のセリフを発声するのが日課であった。
ある日、ウラジオストックの演劇祭に審査員として招かれた家福は、飛行機が欠航したため家に帰ると、そこでは音が見知らぬ男とセックスをしていた。家福はばれないようにそっと扉を閉じ、空港近くのホテルへチェックインすると、ウラジオストックへ到着したかのように装って音とビデオチャットを交わした。
ある日家福が家に帰ると音が倒れており、そのまま帰らぬ人となった。
二年後、「ワーニャ叔父さん」の上映で名声を得た家福は、舞台演出家として広島の演劇祭へ招聘された。そこに2か月の間滞在し、役者をオーディションで選び、「ワーニャ叔父さん」を上演する。
それぞれの役者が母国語でセリフを言うこの作品は、投影された訳語を見ながら視聴するというスタイルで、オーディションに募集してきた役者たちも様々な国の俳優たちである。
その宿への行き来で主催側からつけられた条件は、専属ドライバーが送り迎えするということ。家福は、愛車である「サーブ900ターボ」は癖がある車で、運転自体が自分のストレス発散となり、考えをまとめる場所でもあることから固辞するが、過去事故があったとのことでどうしてもと言われ、仕方なくドライバー・みさきに任せることにした。その運転の確かさと控えめなみさきの態度に家福は好感を持つ。
過去、音と交流があった出演俳優の一人である青年・高槻と、家福、みさきを交えた三人の物語が交錯する・・・

あらすじを書いてみて気がついた。いつも見ているエンタメ作品と異なり、勢いでストーリーを記憶しにくいので、覚書としては全部書いておかないと端から忘れてしまう。
まあでも、未来の自分に期待してこれくらいで許してもらおう。
最初、どう楽しんだらよいのだろうと困った。強い刺激に慣れ過ぎていて、じりじりと焦らされるストーリー展開に、もたもたしていると感じてしまう登場人物たちの感情の起伏がもどかしい。
見ているうちにそのゆったりした時間の流れに慣れていき、頑固で意固地だけど初心で傷心の主人公・家福に感情移入していき、彼を取り巻く人々の善意・意地・決意などが間接的に感じられるようになった。
ただ、それを考慮に入れても、この家福という男はだいぶ甘えん坊なイメージ。もちろん強い男であればお話として成立しないので、繊細で傷ついていて、自分探しの最中の中年のおっさん(でもイケメン)が必要なのはわかるのだが、こちらはイケメンでもなければ自分探しをする余裕もないので、いい男はいいよなぁというのが正直なところ。
そして岡田将生演じる高槻が、女性と片っ端からそういう関係になりまくってしまう男で、作中で明言はされないものの音とヤっていることは確定な青年。いろいろと悩んだり困ったりしてはいるようなのだが、おっさんからするとイケメンで若くてモテていたら他に何もいらないだろうとやっかみが先に来てしまい、彼の感情の機微にまで心が行き届かない。スマン。
スタッフと女優の韓国人夫婦、高槻といい仲になってしまう台湾人女優など、ちょいちょい個性を発揮するメンバーが出てきて彩を添える。
三浦透子演じるみさきが語る彼女の不幸人生と交錯することで家福の感性が揺り動かされるところがクライマックス。彼女の不器用ながら強い生き方に影響を受け、家福の感情が喚起される様が、どちらもいい演技だなぁと感心した。

村上春樹は数篇しか読んだことがないのだが、どの話においてもやたらとセックスのことを強調したり連呼したりしていたので、根本的に好きなんだねぇ。
セリフなので仕方がないが、西島秀俊がやたらと「セックスセックス」言うのを聞いてこちらが気恥ずかしくなった。