久々に見たタイムループSF映画。
麻薬の売人である主人公は、組織から足を洗うために逃げようとするが失敗する。追ってから逃亡する最中、自分が銃で撃たれるシーンが撮影されたビデオテープを発見し、自分がどうやら時間をさかのぼっているらしいということに気づいて・・・
この、最大の難関である「日常の常識ではまず考えられないことだが、唯一できる解釈として、自分はなんだか時間をさかのぼってやり直している」ということに気づいて自分で納得するというシチュエーションは、どんな証拠を提示されたら説得力があるのだろうかという問題を、本作では自分が撃たれたビデオテープという形で表現している。
が、正直それだと弱いんだよな~!とムズムズした。
この、時間を繰り返すことで同じ時間軸に同じ人間が複数存在するタイプのタイプリープものは、SF小説の世界ではハインラインの「時の門」が有名だが、それ以上に日本で有名なのはドラえもんの初期の話だろう。
のび太のためにドラえもんが違う時間の自分を何人も呼び出して作業をするが、結局は自分が呼ばれるので何度も何度も呼ばれて疲れて怒ってしまうという話で、タイムリープという概念が非常にわかりやすい傑作だった。
それと比べると本作はわらわらと同じ人が出てくるという感じではなくて、ちょっとずつ小出しにしてくるので、もっと大っぴらにやれよ!とはっぱをかけたくなるもどかしさがあるが、それが逆にストーリーを引っ張っていく吸引力になっており、後半になればなるほど伏線をバンバン回収していく小気味よさがあって、最後まで気になって観てしまうという疾走感がよい。
ラストは見る人によって解釈が変わるエンディングになっているが、え?●●●●●●●でしょ?としか思えなかったな~。